• hypnoeriko

【日常】木を見て 森を見ず

最終更新: 5月28日


『木を見て森を見ず』、、、、

小中高校の、ことわざを覚えていく

ような年代にインプットしていた

(と思う)この言葉。

たしか、、、

全体を見ないで細部、一部しか見て

いない、全体を見失っている状態を

表す言葉だったかと。


10代の頃の自分にとっては特にそう

だったと思いますが、

ことわざって、

意味がわかり易かったり、

明快なイメージを想い浮かべ易かった

ものが多い。

内容によっては道徳的、規律的であっ

たりして、

人とは、世の中とは、こうあるべし!

という規範的なものもある。



ことわざの大意を文字情報でインプ

ットしていくということは、

そこから受け取る意味合いや印象は

おそらく個々それぞれに違うのだろ

うと思いますが、

木を見て森を見ず・・・

このことわざは、わたしにとっては

1本の木だけを見るのではなく、

木々全体(森)を見ましょうと導か

れているような、

教訓的な意味合いでした。


つまり、全体を見るべし、

細部や一部ばかりではいけない、

そんな捉え方でした、多分。


そうであるべき、

こうでなくては・・・。


このことわざを今さら振り返って

いるのは、

ふっと思い浮かんだきっかけが

あったからです。


年明けに、

友人とリモートで打ち合わせをしま

した。

それは週末に行われる、リモートの

ワークショップに際して、

リモート環境の確認や進行内容の

確認をとるのが目的。


ほぼ内容を確認し終えたところで、

今回の打合せとは全く関係のない、

自分のセラピーで感じた疑問や相談

を、ふとカウンセリング領域の専門

家である彼女に投げてみたのです。


正直、恥ずかしさもありました。

人に聞いたり相談することが

自分にとって結構ハードルが高い

ことをあらためて感じたりもして。


そんなわたしの今さらな質問に対し

て、彼女は誠実に聞いてくれて、

彼女の経験から話してくれました。

こういう方法はどうだろう?という

相談にも、

彼女は肯定的な態度で、尚且つ、

補足のアドバイスをくれました。


やりとりした内容をあとでおさらい

して浮かんだのが、

あのことわざ。


--木を見て森を見ず--


ただしかし、

このことわざの通りだなと、

そういう実感ではないです。


木を見て森を見ず、

どちらかというとそれはよくない

ことだと、否定的に捉えていた

わたしでしたが、

まずは木を見ること、知ることが

大切な時も結構あるぞと、

そう感じたのです。


ものすごく大事なことを見失うところ

でした。

細部を見ないことには経緯やでき方が

(過去)わからない。

細部を見ないことには将来の姿が

(未来)わからない。

そんなのわかっているはずだったし、

理解しているつもりだった。


部分、細部を見ることの大切さを、

原初体験のごとく、もの凄く強く感じ

た時に、

あのことわざがふと浮かんだのです。


そしてわかった個人的な見解。

ことわざ一つ一つの、

大意に込められている意味だけが

そこにあるわけではなくて、

その対極にある状態もあり得る。

どちらのポジションも大事で、

状況によって柔らかく動いていける

のがいいんだろうなぁ・・・と。


そしてこういったことはことわざ

以外の領域にもあてはまるんじゃ

ないかと思います。


それにしても、

10代の頃は、脳の表面を

ペラペラっと通り過ぎていただけの

文言でしかなかったよなぁ。。。



とにかくだ!

新年早々に、自分が、

とっても必要で渇望していたものを

もらえたようなこの心持ちは、

今年のお年玉かも(笑)!?



感謝しかない

これが、今の心境。





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