• hypnoeriko

あれから10年。

最終更新: 3月18日

息子が小学生の頃で、

その日は私も息子も学校内の別々の

場所にいて、

高学年は授業中、

それより小さい児童は放課後時間帯。


で、

カタカタ鳴って、

大きく揺れて、

ギシギシいってて、

悲鳴が聞こえて、

校内放送が鳴り、

とにかくなんだか、

言いようのない恐怖の一方で

今やるべきことがわかっていて

それはただ、

命を守ることで。


でもまさか、その震源が太平洋に

面した東北地方から起きているとは

想像すらしていませんでした。


原発事故の問題が浮上したり、

水や食料品が店からなくなって

恐怖や不安な気持ちはむしろ

それ以降に膨らんでいきました。

その理由はやはり

命を脅かされるからで。


その「命」というのも、

自分の命というよりは

家族関係や繋がりのある人達、

あるいは

まだ会ったこともないが、

被災地に生活する人達。

立派に言えるほどではないけれど

顔も知らない、多くの人達のこと

が気になっていたのは確か。


何か集合体のようなもの、

日本という集合意識のようなもの。


10年経ったけれど

わたしは強くなっているんだろうか?

自分に問いかけてみるが、

どうもそうは思えない。


先月の地震の時だって、

相変わらず動揺した。


震源地近くの人達はもっと揺れたはず

だし、東京はまだまだ揺れは弱かった

んだろうけど、それでも地震と一緒に

心は大いに揺れた。


ただ1つだけ。

今ここでやることは何となくわかって

いた。

心を落ち着けること、

外側の現象と自分の中の反応を一旦

切り放すこと。


前回は小学校にいたな、、、

今回は家の中、しかも家族がここに

いる。


自然が起こす現象には時に勝てないけ

れど、

自分との葛藤という土俵では

何か戦略を練られそうな気がする。


今自分ができることで対応するしか

ない。

その時々でできることが変わってきた

り限られてくる場合もあるだろうけど

それでも見つけていくしかない。

柔軟に、柔らかく。


そして、10年前の14時46分へと

記憶と想いを辿りながら

今ここに、います。





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