• hypnoeriko

【日常】2つのできごとが示してくれたこと

更新日:2021年7月18日

2つのできごとのうちの1つは、正直驚きもあったけれどそれもまた手放すきっかけになったのでよしとし、もう1つは素直に心地よさを感じられたものでした。



以前セラピーを学んだことのある講師の先生が、新しくスクールを設立されました。

それは心理療法やカウンセリングといった、より専門性高く教えることを目的にしています。受講していた頃から、将来的にはこうしたい・・・といった夢の1つとしてスクール設立のことを話してくださっていたので、メルマガで知った時には、あぁいよいよなんだなぁと思って読んでいました。

わたし自身はヒプノセラピーをその先生から修得させてもらい、それ以降は講座に参加することなく過ごしていましたが、その時間も積み重なってだいぶ久しぶりな感覚にはなっていました。


そんな頃、その先生から1本のメールが。

それは、”新スクールのとあるコースで生徒枠を2席増やしていて、そのうち1枠は埋まっているが、残りの1枠にどうか?”という内容でした。確か、開講まであと数日というタイミングだったと思います。

優しい文面で簡潔にまとまった内容は相変わらず先生らしいメールでしたが、あまりにも突然だったのでまず驚きがありました。

何より既に別のカウンセリング講座を受けているので、これ以上は経済的にも物理的にも難しい状況です。


なんて返信しよう?と迷いましたが、こんなに期間が開いていたのにわたしのことを覚えていてくださったことや心理療法分野での受講生として思い浮かべてくださったことは内心嬉しくもあったので、近況や今の状況について事実を中心に、終わりには開校されたスクールの今後の発展をお祈りする言葉を添えて返信しました。


それ以降 先生からの個人メールは、ありません。


ただそれだけのことですが、わたしはこのあとにもう1つの体験をすることで、自分の内側で感じていた何かに気づくのです。









マーケティングの仕事の依頼が6月にありました。

わたしが仕事をさせてもらっている会社はほぼ若手の人達が窓口になっていますが、皆さん礼儀正しく、返信や対応も迅速にやってくださいます。

その中でも特に今回やらせてもらった案件の担当者のKさん(面識なし)は、わたしのような在宅で、状況がリアルにはわからない中で作業をする立場の人間ともプロジェクトを共有し、寄り添ってくれていました。メール文面の端々にその気配りが出ていて、こちらからデータを納品する際に送った留意点に対しても感謝や気配りの言葉があり、最後まで気持ちよく、互いに気を配りながら仕事を終えることができたのです。



何年も前から知っている、ベテランで尊敬していた講師の先生と、

「初めまして」で始まった、面識のない担当者のKさん。

後者に関しては仕事上のやりとりだからという前提はあるかもしれませんね。

でも案外こういうことって、それ以前の問題じゃないのかなと思うんです。


若い人は礼儀を知らないとかコミュニケーションが下手だとか、いつの時代も言われます。確かにそうねとうなづく部分もあるけれど、全てがあてはまるとは限りません。

逆もしかり、です。


先生のメールの件、わたしは残念だったんだなぁと、あとになって思いました。

事実しばらくモヤモヤしていたんです。

始めは、まあそんなものか・・・と受け入れようとしたのですが、素直に残念だったんだなぁと実感しました(残念という言葉の”悲しみ”の感情に気づくのも大事!)。

かつての先生像がずっとあったし、”一流の人達”という尊敬の念もありました。

ところが時を同じくして、仕事上ではあるけれど心地よいやりとりをさせてもらったことで、あらためて残念な想いがあることに気づけたのです。


Kさん達には、”誠実さ”があります。

それはにじみ出てくるなにかであって、えいや!と出すものでもない。

想像力、尊敬の想い等、心ごと動いて初めて成立するような気がするのです。

仕事に対する誠実さ、周囲に対する誠実さ、おそらくクライアントに対しての誠実さもひっくるめ全て同じスタンスなんだろうなと思います。

そして当然、自分への誠実さも存在します。

買いかぶりかなぁ?いや、でも自分の”人見るチカラ”を信じると、そうなんです。


とはいえ、講師の先生にあれこれと望むことはしません。

わたしとは違う景色を見ている可能性も大いにありますし、そこは相手の世界です。

”わたしなら絶対にそうはしないよ” と思えたなら、それはそれでよい経験なのだと そう思います。





















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