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【心理】”心配”と”愛情”は違う - 心配性のお母さんへ -

更新日:6月25日

カウンセリングの勉強を定期的に受講する合い間に、実技や特定のテーマに沿っての勉強会が開かれたりするのは、個人的にはありがたいのですが、新しい知識や情報が豊富なあまり(良いことなんですけど♬)、ノートにまとめるのもなかなか大変。それでふと思ったのは、

「そうか。、、備忘録としてまとめていけばいいかも!?」と。


自分ファーストではありますけど、もしどなたかにとってもタメになる情報になっていたらいいなと願いつつ時々は心の学びサマリーを書いていこうかなと思います。


私が所属するカウンセリング団体を運営しているメンバーのお一人、精神科ドクターの講師による『愛着のカウンセリング』勉強会をzoomで受講しました。

最近よく耳にして、言葉にされている”愛着障害”というものがありますが、この障害を改善しようと積極的に患者さんと向き合い カウンセリングされている先生の講義や、実際のカウンセリングの一部をデモンストレーション的に見せていただきました。

とても有意義で大事なことがギュッと凝縮された内容でした。


愛着障害についてはまだ私も熟知しているわけではないため多くは語れないのですが、今回の講義の中で目からうろこだった内容がいくつかありまして、その中で”心配性の親御さん”(主にお母さん)についてお話があったのです。


話を聞きながら自分の子育て時期を振り返ってみると、私自身が先を想像してというのか?いろいろいろ思って考えて、息子に対して

「〇〇させなきゃ、そうじゃないと~になってしまう(ネガティブな展開)」

「〇〇するべきだろう、そうじゃないと~だから(ネガティブな断定)」

のような図式の下に行動を指示していたようなところが多々あったことに気づいたのです。

つまり心配なことがあればそうならないように、注意しなきゃと思うことを防ごうと、大人の判断で子どもにやらせていたり、大人が先回りしてやったりしていたわけです。

その先の展開なんて誰にもわからないわけですが、大抵よくない方向に想像の羽を広げている感がありました。

そして当時の私にはその行動に何の疑問も持っていなかったし、それで良いと思っていました。。。!









でも、客観的に今それを想像すると大変なことだと気づいたのです。

一般的に、経験値が少ない子どもは少し先のことまで予測がつかないものです。だから偶発的なことが起きるしそれが自然といえば自然。そして起きたできごとに自分で判断したり対処しながら経験していくわけですよね。

わたし達大人って子どものやることの少し先はある程度予測やイメージがついて、展開まで把握できることだって当然あるわけです。

こういう時に心配性のお母さんは、やれこうしなさい、ああしなさいと我が子に言うのです。そして、そのお母さんはこういうかもしれません。

「それのどこが悪いの?それも愛情のうちでしょう」と。


うんうん、わかります。わたしもそれが愛情だと思ってました。

失敗させたくない想いが勝って、手を差し伸べる・・・これを愛情の証のように感じてました!


最近、カウンセリングの勉強をしていくうちに、

それは心配を愛情ととり違えているということがわかってきたのです。


心配=愛情ではないのです。


愛情と感じていたもの、それは失敗させたくないという自分の心配や不安、怖れが主体かもしれないのです。

自分の心配している想いをスッキリさせたいのです。

そしてこの心配性から発した行動は、子どもを思い通りに動かそうとする支配のエネルギーになっていく可能性にもなります。いわゆる、毒親の要素が入ってきますね。


子どもも始めのうちは自分の考えや欲求を主張したり貫こうとしますが、支配が進んでいくと抗う(あらがう)気持ちも失せてしまいます。

自分で考えることをしなくなっていく場合もあるでしょう。

だって、それが楽なんですから。


わたし達人間という生き物は一様な生き方ではなく多様な選択肢の中から常に選びとりながら生きています。

選択の連続なわけです。

選択する際の判断として個々の経験によることって結構大きいと思います。

失敗をさせないことは残念ながら親から子どもへの愛にはなりません。

なぜなら大事な経験の機会を奪っているからです。


そしてもう1つ。

心配や不安に思う時間、これは考えている時間ではありません。

起こるか起こらないか わからないことをただ心配しているだけで、発展性はないのです。


親子関係にあっても親御さんとお子さんの人生は別々のものです。

子どもには子どもの人生を自分で生き抜いていってほしいですよね。


勉強会の終わりに質疑応答があり、先生がこう仰ってました。

自分は心配性で子どもを支配していると気づいたクライアントさんには、その関係性を改善する方法として、

「見張りをやめて、見守りにすることをしてください」

とお伝えしているそうです。


ずっと監視するのではなく距離をおいて見守るということなんですが、この「見守り」をしていくと「口を出さない」「叱らない」がついて回って来るし、結果として子どもに失敗させることになってしまいます。

ある程度の失敗は、ただ見守るのです。

始めはかなり苦痛を伴いますが、そういう機会をいくつも越えていくことでまた違う関係性が生まれてくるのだろうと思います。

”慣れ”みたいなところはあると思います。

慣れるって、時には大切なことですね。


ここで1つ。

お母さんが心配症でお子さんを支配しようと思う気持ちや行動をご自身で責めないでくださいね。

こういう姿勢や考え方はご本人も親御さんから受けている可能性が高いです。

基本的に人は自分がやってもらったようにやるのです。

やってもらったようにしかやれないという言い方もできますね。

大事なのは今気づいたということなんです。

そしてそれを気づかせてくれている存在が、お子さんです。

ありがたいですよね。


お子さんが欲しているのは、自分の気持ちに寄り添ってくれる心、合わせてくれる感情です。

そして子育ては何才からでもやり直すことができます!


(この内容は講義内容を自分の言葉でまとめており、文責はカルペ・ディエムにあります)











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