• hypnoeriko

【心理】禁止令 -自己に関する禁止令-

更新日:11月12日

カウンセリング講座を受けることで新たな知識やその定義、考え方を学べるのはもちろんなんですが、自分が思っていなかった新しい捉え方に気づくことも多々あって、カウンセリング以前の 素のいち人間として発見してしまうような、そんな”刺さる”瞬間があります。


わたしは優柔不断なほうで例えばメニューはすぐには決められない、どんどん周りが決めていくので、勢いで決めちゃう場合が多いです。

日常でも「どちらでもいい」という考えが大半で、行動する際は大抵一緒にいる相手の意向を優先します。でもそれは優しさではなくて、自分にとって”大差ないことなので相手の選択に委ねるほうが気楽という感覚なんですが、それは裏を返すと自分では決められないからこその言動なのだろうと思います。

決められないオンナ、ですね。笑

決められないオンナの私には断われないオンナ要素もあります。

予定が入っていたり、絶対無理!っていう要素が自分にちゃんとあれば断るしかないわけですが、上に書いた「どちらでもいい」状況、つまりどうとでもなる状況の中で勧められたりお願いされると、はっきり断われないことのほうが多かった。

昔は断われないオンナの存在がもっと大きくて(笑)、なぜこんなに疲れているんだろうか?と自問自答することもしばしばありました。

日常の中で決められないオンナと断れないオンナがタグを組んで「わたし」という乗り物を動かしている・・・極端にいうとそんな感じ。


この振舞いのベースにある「重要であるな」の禁止令を知った私はそこから、自分がどうしてそういう考えや感じ方た行動していたのか?(しかも自然に)を理解していきました。

おかげで捉え方や心持ちが変わってだいぶ楽になったんじゃないかと思います。

無理な時は断わるし、断わらなくても、「調整」して自分の都合を優先することもできるようになりました。

禁止令と表裏一体にある拮抗禁止令(ドライバー)としては、「喜ばせろ」の要素があるのだと思います。そのため他者を優先しがちな傾向があったんでしょう。


周囲や他者を喜ばせることは悪いことではない。ただ、喜ばせろ100%では自分を優先して生きていないことになるので、やがて体調不良を起こしたり、疲れ易かったり、犠牲者(わたしがこんなにしてあげているのに・・・!のような心持ち)の立場になりがちになります。それだと誰もが幸せではないわけですよね・・・。









先日受けた講座は『自己に関する禁止令』についての内容でした。

禁止令にはいろんな種類があります。

生存に関する禁止令、人間関係に関する禁止令、自己に関する禁止令、能力に関する禁止令、安全性に関する禁止令・・・・とある中で、例えば生存に関する禁止令は命に関わってくるので、カウンセリングやセラピーにおいてはこの禁止令を解除することがまず優先されます。それと人間関係に関する禁止令は(主に家族や親との関係性の中でできてくる禁止令ですが)、愛着障害に至る要素が大きいのでこれも早い改善、解消が望まれるものではないかと思います。


一方で自己に関する禁止令は、ある意味マイナーな禁止令なのですが、これを持っていると非常に生きづらいんだそう。内容を知るとすっごくよくわかります。

自己に関する禁止令は以下の通り;

・お前であるな(お前の性であるな)

・離れるな

・見えるな

・~するな


(ちなみに禁止令とは、幼少期の頃の感情体験から本人がとり込んだ決断であり生きていくための戦略です。当時の年齢、背景や経験も様々だし受けとめ方もそれぞれなので皆が一様ではないですが、禁止令が1つもない人なんていません。小さい頃から空気や状況や立場を読み取って経験値の少ない中で解釈し、決めてきたことをあれこれ用いながら自分が生き易いようにしていった、その結果今も大事に持ち合わせているものなのです)


さて自己に関する4つの禁止令、これがあると意外と、、、、生きづらい!

「お前であるな」は”ありのままの自分でいてはいけないよ”という禁止令です。

例えば、、、

「お姉ちゃんはあんなに勉強ができるのに、あんたはなんで(できないん)だろうね?」

「お兄ちゃんは運動神経がいいけど、お前は運動オンチだもんな」

こんなふうに兄弟や他の誰かと比較された時期に芽生えた劣等感が、「お前であるな」の禁止令に繋がっていきます。

自分であってはいけないと思うことでいろんな言動が現われます。


ちなみに「お前の性であるな」は「お前であるな」の中でも特に男性/女性の性に関わる禁止令です。お父さんが本当は男の子を欲しがっていたのに女の子だったというエピソードを本人が聞いた場合、「女の子じゃいけないんだ・・・」と思い込んでしまうというもの。


「離れるな」は、親元を離れさせようとしない親御さんのお子さんに見られる禁止令です。

この禁止令があると、実家を離れたり親元から離れることに罪悪感を覚えることもあります。

講義の中でなるほどなと思ったのがこの「離れるな」の禁止令。

わたしも地方出身ですが、昔よく会話で見聞きしたのは、

「息子さん、地元に戻って就職するなんて親孝行だねぇ」という大人の会話でした。

こういうやりとりって普通だと思っていたのですが、実は”子どもが実家に戻ることが当然とか良いこと”とする空気があるからこその会話です。

幼少期の頃からそんな会話を聞いていたし自然なやりとりだと思ってました。

地元に帰って実家を守る子どもは親孝行なんだなと認識していたので、誰も地元に戻っていない私達兄弟は、親不孝の部類なんだろうなと漠然と思っていました。

「離れるな」の禁止令はわたしにとってかなり意外な存在でした。


そんなわけでいろんなところに禁止令があるわけですが、

禁止令とは先ほど書いたように、わたし達の誰もが子ども時代に”周囲から何らかのサインやメッセージを受けとったり 経験を経て、自分なりの解釈を元に「こうしていこう」と立てたもの。

つまり、子ども時代の自分が ”そうしていくと決めた” ということなんですね。


もちろん幼少期にやや厳しめな言葉をかけられて育った人もいるかもしれませんが、その言葉を受けて何らか感じとって、自分はこんなふうに振舞っていこうと考え出した結論が禁止令にあたるんです。

小さな心と体で一生懸命考えた戦略で、自分を守ってきたともいえるでしょう。


わたし達は禁止令を複数持ち合わせていてその程度は大なり小なりいろいろです。

支障のないものもあります。

もし本人が生きづらさを感じているのであれば一度その禁止令と向き合ってみるといいかもしれません。


そして、自分で決めてとり込んだものですから、それをやめる(解除する)ことができるのも自分自身なのです!









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