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  • 執筆者の写真hypnoeriko

【心理】同情と共感の違いを理解する

更新日:2021年7月14日


以前から受けたいと思っていたカウンセリング講座は先月から講義が始まり、今週末には2回目の講座がありました。

初回講座で先生がレクチャーしてくれた内容には初めて知ることもあれば、あらためて気づかされたこともあります。


その中の1つに「同情」と「共感」の違いを理解する、という内容がありました。

その説明を聞いて感じたことは;

▶これまではアタマでの理解でしかなかった(と思う)

▶「同情」「共感」の意味とその違いについて明確な説明ができない

▶カウンセリングにおいてその違いがどう関係するのか 知らない

(3つめは今後理解していけばよいかもね、と思いつつ)


「同情」も「共感」も よく使われる言葉です。

ところで、それぞれの意味や解釈ってどのように理解していますか?

あるいは、それぞれの言葉にどんなイメージを持っていますか?


わたしの解釈、イメージでは、

「同情」は情けをかけること、

「あらあら、あの人かわいそうに...」と思うのは同情のイメージ。

そして哀れむ気持ちが含まれている印象もあり。


「共感」は相手の感情に繋がろうとすること、

例えば相手が辛い気持ちになっている時に

「その気持ちわかる。わたしもそういうことあったから・・・」と思うのが共感のイメージ。

もし自分にも同じような経験があれば、その経験をした時の心持ちから発する、”あなたの気持ちはよくわかる・・・”というのが「共感」。


上のわたしの解釈、違いました。(^^;

2つの言葉をきちんと理解しておかないと立ち位置が自分でわからなくなってしまいそうで、ここはしっかり確認しておきたいと思いました。

的確に説明するためにも自分が理解していないと伝えるのは難しいですよね。


ネットで調べると「同情」「共感」の違いを書いた記事って結構あるんです。

ある意味 心理学やカウンセリングを勉強していく中では避けて通れない、解釈の重要なポイントなんだなと感じました。


わかり易い記事がありました。

JCAカウンセリング・傾聴スクールのサイトに掲載されていた、講師の方のブログでした。

http://kokoro-yokohama.org/?p=3919

『似てるようで全く違う共感と同情の4つの違い』


上のブログを読んで、わたしの「同情」「共感」の解釈やイメージは、どちらも「同情」だとわかりました。

というか、世の中全体として「同情」していることが多いかもしれません。

ギョ!っとしたりして。

しかも、ブログで書かれていた「同情」と「共感」の説明がわかり易かったです。

何より響いたのは、”同情は自分目線”のところ。

あらためて、共感するとはどういうことか?が体感覚的にわかったような気がします。


例えば友人や同僚の辛いできごと、相談話を聞いている時にわたし達は多くの場合、同情している可能性がある。共感のつもりでいたのですが・・・(^^;

時には相手の話を聞いていてこちらまで泣けてくることもあります。それは相手と同じ気持ちを感じているのでしょうが、その時もしかしたら自分の体験と重ね合わせているかもしれません。自分の体験と重ねて内側から出る感情や感覚があればそれは「自分目線」ということでしょうか。


一方、相手の感情や気持ちに寄り添うのが「共感」。

相手を理解し、その相手だからこその”今ここ”にある気持ちに寄り添うのが「共感」です。

がんばっていた彼女のことだから、きっと残念な気持ちに違いない、、、。

真面目な彼だからこそ、その辛さはどれほどだろう、、、。



カウンセリングを学んでいく中で同情と共感の違いを理解しておく必要があるのはほんとにそうだと思います。

明確に理解することで、自分が今どういう心持ちで話を聞いているのかを客観的に知ることができます。今までは曖昧だったところ、自分の内側の反応がわかります。あ、これは自分目線だな・・・とか。

そうすると(ここからは想像ですが)、クライアントさんとの対話に明らかに違いが出るんじゃないかなと思っています。


そしてカウンセラーの立場が、同情で耳を傾けない理由もわかります。

悩み相談や人生相談のようにアドバイスをするのは問題解決型のカウンセリングではありません。

そして哀れみを持つ立場でもないのです。

自分の価値観は脇においておく必要があり、それがカウンセラーの立場。

そう言い切るためにも最初に理解して意識することは無駄ではないはずです。

同情と共感の違いを理解することがカウンセリングを学ぶ身にはとても大事と、しみじみ感じる今日この頃です。

ひいては日常生活でも役立つかもしれませんが、、、

仮に もし日々の中で同情を感じてしまっても、それはそれで自然に受けとめようと思います。

友人の話を聞いていたらつい泣けてしまって、それは同情なのか?・・・なんて自分に問うようなことがあっても、そうかもしれないし、それでいいやとも思うんです。

日常では”素のわたし”の目線と心で聞いていて、つい同情してしまうことだってゼロではないでしょう。

ただ、もしその心持ちに違和感を感じた時には「同情」と「共感」にあらためて立ち返ることができそうかな。

センサーが1つ、出てきた感じがします。













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